ラ行

ラ・グァイラ
(La Guaira)
ベネズェラ北部の海港で最も重要な商業都市。カラカスコーヒーは全部この港から輸出される。
ラバド
(Lavado)
スペイン語でウオッシュド(Washed)の事
ラバリー・コーヒー
(rubbery coffee)
ロブスタコーヒーが持っている味をさす。これは年数が経って気が抜けて香気のなくなったコーヒーである。
ランテパオ
(Rantepao)
インドネシア、セレベス島で産出されるコーヒー。
明緑色から暗緑色を呈し、少数ではあるがよい香味をもっている。
ラ・リベルタ
(La Libertad)
エル・サルバドル南西部の州及び州都。港湾都市。
この州のコーヒー生産量は総生産量の約20%で、サンタ・アナ州に次いで第二位を占める。ラ・リベルタ港からはコーヒー、砂糖、木材が船積みされる。
リオイ
(Rioy)
いわゆるリオ・フレーバーのような味。
リオ・デ・ジャネイロ
(Rio de Janeiro)
ブラジル東南部にある港市で、共和国の旧首都。世界屈指の美都として知られ、サントスと並んで、ブラジルの代表的貿易港。
 リオ・デ・ジャネイロから輸出されるコーヒーはリオコーヒーと呼ばれ、主として背後地ミナスジュラエス州で産出される。リオコーヒーは淡緑色から暗緑色を呈し、味は舌触りの悪い低級品であるが、安価であるため主としてアメリカで使用されるがまた、北欧の一部ではリオでなければならない国もある。
ゴールデンリオ  リオコーヒーは悪臭があり、その液は舌を刺激するので、一般にはあまり望ましくないコーヒーとされているが、このコーヒーもある期間貯蔵しておくと、刺激と悪臭が幾分和らぎ、色も黄金色に変わる。このコーヒーをゴールデン・リオと呼ぶ。
リオ・フレーバー
(Rio flavor)
ブラジルのリオ地方で産出されるコーヒーの持つ強い刺激のある、舌触りの悪い味。
時には高級品やマイルドコーヒーの中にも発見されるが、其の原因は、はっきりしていない。
ブラジル産の輸出用コーヒーは、その味によって
  ストリクトリ・ソフト(strictly soft)
  ソフト(soft)
  ソフティッシュ(softish)
  ハード(hard)
  リオイ(Rioy)
  リオ・フレーバー(Rio flavor)
と等級がつけられ、リオ・フレーバーは最も悪い味とされている。
リベリア
(Liberia)
アフリカ西部、大西洋に面する共和国。ゴム、鉄鉱石が主産物で、このほかコーヒー、ココア、マホガニーなどを産する。コーヒーの三大原種の1つ、リベリカ種の原産地。
  〔生産量〕
        1974/75   68,000俵
        1975/76   67,000俵
        1976/77   83,000俵
        1977/78   83,000俵
        1978/79   70,000俵
   〔輸出量〕
        1973   93,000俵
        1974   59,000俵
        1975   69,000俵
        1976   70,000俵
        1977  165,000俵

リベリアン
(Liberian)
リベリカコーヒーのこと。
リベリカ
(Coffea Liberica)
原産地はアフリカのリベリアで、その栽培はアラビカ種よりずっと新しい。木は生長すると18〜36フィートにも達し、花も実もアラビカ種のものよりはるかに大きい。豆の炒りあがりは大きく立派であるが、一般に低級品と考えられており、わが国にはあまり輸入されていない。
  現在リベリカ種を生産している国としては次の諸国があげられる。
   ガーナ、リベリア、サン・トメ、シェラ・レオン、スペイン領ギアナ、スリナム。
リベロン・プレット
(Ribeirao Preto)
サンパウロ州北部の都市。コーヒー、綿花、砂糖キビの産地。
ルアンダ
(Rwanda)
アフリカ中央部、ビクトリア湖西方にある共和国。
 首都キガリ(Kigali)、面積2.6万平方キロ、人口373万。主産業は農業で、コーヒー、キャッサバ、トウモロコシ、綿花、バナナ、茶の栽培が行われる。
   〔生産量〕
        1974/75   256,000俵
        1975/76   300,000俵
        1976/77   339,000俵
        1977/78   308,000俵
        1978/79   358,000俵
   ルアンダのコーヒー生産が本格的に始まったのは1930年以降で、第二次戦後飛躍的に伸びた。生産品種はアラビカ、収穫期は3月〜8月。主産地は高地のキガリ、ギタラマ(Gitarama)、ブタレ(Butare)ギコンゴロ(Gikongolo)、キブ湖地方のギセニイ(Gisenyi)、キャンググ(Cyangugu)。
   規格は次のとおりである
   完全水洗処理アラビカ(Full Washed Arabica)
     OCIR FW-AAA
     OCIR FW-AA
     OCIR FW-A
   水洗処理アラビカ(Washed Aarabica)
     OCIR  1
     OCIR  2
     OCIR  3A
     OCIR  3B
     OCIR  4
     OCIR  5
     OCIR  HT
      〔輸出量〕
           1973   359,000俵
           1974   478,000俵
           1975   428,000俵
           1976   606,000俵
           1977   269,000俵
    主な輸出先は米国、西ドイツ、オランダ、輸出港はモンバサ(Mombasa)。
レギュラ・グラインド
(regulargrind)
挽いたコーヒーの粒子の大きさの1つで、浸漬法(Steeping)及びパーコレーターでコーヒーをたてるのに適する挽き方。アメリカの商務省の「簡易化実践勧告」によると、タイラー・ロ・タップ篩分機で篩い分けた場合、次の基準に当てはまるものを言う。
10号及び14号篩を通らないもの   33%
20号及び28号篩を通らないもの   55%
28号篩を通るもの            12%±3%
レギュラーの代わりにコース(Coarse)、パーコレーター(Percolater)、オープン・ポット(Open Pot)、スチール・カット(Steel Cut)ともいわれる
レタルーレウ
(Retalhuleu)
グァテマラ南西部にある州及び州都。海岸に近いコーヒー栽培の中心地。ここで産出されるコーヒーはチャムペリコから船積みされる。
ロースティング
(roasting)
〔焙煎〕
  コーヒー生豆を炒る事。コーヒー樹の種子、つまりコーヒー豆は、炒る事によってのみそれが持つ本来の香、味、こく等が生まれて来る。そしてこれらの香、味、こくが完全に生まれるかどうかは焙煎機を操作する人々の「熟練と判断」、及び焙煎機の性能によって決まるといわれる。
 ★ 焙煎の歴史
  コーヒー豆を炒る事が行われるようになったのは13世紀以降の事といわれているが、1662年にロンドンではじめて〔作り方〕が出版された。
 「コーヒーのみはどこの薬種商ででも、1ポンド当り約3シリング(約150円)で買えます。お好みの量を昔からプディングパンかフライパンに入れ、炭火の上で完全に黒くなるまで攪拌します。そして完全に黒くなったとき其の一粒を歯で割って見ますと、外側と同様に内側も黒くなっています。だが、炒りすぎますと、飲み物を作る唯一の物質である油が失われます。更に炒り続けますと、コーヒーとはならず、ただ苦いものになってしまいます。このようにして炒った豆を砕き、ふるいに掛けると出来上がりです。
  このような炒り方は19世紀の中ごろまで、あまり変化もせず続いたが、其の間に需要は絶えず大きくなっていった。そして、このような方法では需要を充たす事ができなくなったため、上手に炒るとか、均一に炒るとか、いうことよりも、むしろ一度に大量に炒る必要に迫られ、大焙煎機が研究開発された。この結果が、1843年の、ギリースコーヒー社(ニューヨーク市)による「馬力焙煎機」の発明となって現れた。
  「馬力焙煎機」は、コーヒー豆を入れた円筒を炭火や薪の上で、文字通り馬の力によって、ゆっくりと回転させるもので、焙煎程度は臭いと、コーヒーから出る煙の量で判断するという極く原始的なものであった。
 1846年、ボストン市のJWケイターは「引き出し式」焙煎機を発明し特許を得た。これは炉から横に突き出ている軸に沿って、コーヒー豆を入れたり出したりする際に際に円筒を引き出すもので、燃料としては石炭が使用された。この焙煎機が一般に使われるようになったのは1860年ごろである。
近代的焙煎機の先駆は1864年にジャベス・バーンズの発明したものである。この機械は当時としては画期的発明で、らせん状のフランジは、コーヒーを攪拌して熱が均一にいきわたるようにするばかりでなく、コーヒー豆祖前方の口から完全に排出する効果があった。
 更にコーヒー豆を円筒に出し入れするため、引き出したり、回転を止めたりする必要がなくなった。
  この焙煎機は以後次々に改良が加えられ、1900年に入ると多数の小穴のある円筒の使用、熱源としてガスの採用となり、1935年にはサーマロ法が発明されて、低温焙煎が可能となった。サーマロ法とは、コーヒー中の有効成分をよりよく生かすため、円筒中の熱を、従来の華氏約2000度から、800乃至900度に下げ、しかも焙煎に要する時間は変わらないというもの、この発明によってコーヒーの品質は著しく向上した。
ロブスタ
(Robusta)
ロブスタ(Coffea Robusta) はコフィア・ロウレンティ(Coffea Laurentii)と呼ばれ、1895年、コンゴで野生しているものをエミール・ローレントによって発見されたもので、ベルギーのブラッセルにある一園芸会社がこれを商業的に取り上げ、ロブスタと命名した。この品種の木はアラビカ種やリベリカ種の木よりはるかに大きく、かつ非常に丈夫なので、近年は広く栽培されるようになり、殊にインドネシアでは、従来のアラビカ種に代わって大半がロブスタ種で占められている。
  この他新興コーヒー生産国のアフリカでも広く栽培されている。
  国際コーヒー協定はコーヒーを4グループに大別しているが、その中の一つ。次の生産国のコーヒーがこれに属する。
 アンゴラ(Angola)
 ガーナ(Ghana)
 ギニア(Guinea)
 インドネシア(Indonesia)
 リベリア(Liberia)
 ナイゼリア(Nigeria)
 アフリカ・マラガシーコーヒー機構(OAMCAF)
 アフアルス・イサス(Afars and Issas)
 ベニン(Benin)
 カメルーン(Cameroom)
 コンゴ〔ブラザビル〕(Congo〔Brazzaville〕)
 ガボン(Gabon)
 アイボリコースト(Ivory Coast)
 マラガシー(Malagasy)
 アパーボルタ(Upper Volta)
 シェラレオネ(Serra Leone)
 トリニダッド・トバゴ(Trinidad and Tobago)
 ウガンダ(Uganda)
 サイール(Zaire)
ロングベリーハラー
(Longberry Harrar)
エチオピア中東部のハラー地方で産出されるコーヒーのグレイド。
 ハラーコーヒーは豆のサイズにより
  @ボールドグレイン(Bold Grain)
  Aロングベリー(Longberry)
  Bショートベリー(Short berry)
 に分けられる。
ロンドリーナ
(Londrina)
ブラジル南部、パラナ州北部の都市。コーヒー生産の中心地。1930年、4人の日系人、2人のドイツ系人によって開拓が始まり、急速に成長した。町は赤土(テラロッサ)におおわれ、整然とした町並みと広い道路を持っている。
ロンドン定期市場
(Coffee Terminal Market in London)
ロブスタコーヒー取引を目的として1958年にスタートしたが、その起源は19世紀末までさかのぼる。
  取引対象となるロブスタは次の通り
   ウガンダ
   タンザニア
   インド
   ガーナ
   シェラレオネ
   ナイジェリア
   アンゴラ
   カメルーン
   ザイール
   アイボリコースト
   マダガスカル
   中央アフリカ
   トーゴ
   ギニア
 又、トリニダッドロブスタはトン当たり5ポンド、インドネシアは10ポンドの値引きで、一方、ウオッシュド及びウオッシュド・アンド・クリーンドはトン当たり2ポンドの割り増しで取引される。
  取引単位は1産地1品質につき5トンで価格の変動幅はトン当たり1ポンド。

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