1972年頃英会話研究会の先輩に珈琲の好きな人がいて
吉祥寺井の頭公園の入り口にある「もか」という店に連れて行ってもらったのがコーヒーとの最初の出会いである、(つい最近まで、その店はあったけど店主が体調を崩されここのところ閉まっているようだ)、そして先輩はその店でコーヒー豆を買って自分のアパートで手挽きミルを使ってゴリゴリやって粉にした、それから水に浸けてあった取っ手のついたネルを絞ってコーヒーを立ててくれた
レギュラーコーヒーというものを知らなかった私は味を覚えていないがなぜかその先輩を不思議な人に思えた、そろそろ東京にも慣れてきた私はアルバイトを探すことにした
アルバイトニュースで見つけたところが吉祥寺北口の「ツモロー」というサイホンのコーヒー専門店だった。
よく流行っていた(ストレートが飲まれていた)、そのビルの上の階はディスコだった(シカゴ、というグループが人気があった)
その後も学生時代はずっと喫茶店でのアルバイトを続けた・・・中野しもや、新高円寺フランス屋、新宿らんぶる、代々木あんふぁん、南青山サラ24、吉祥寺ルシール、吉祥寺ルーエ 、練馬区田柄町のヴィクトリア
 そしてついでに調理師の免許まで取得した。
そのころは20人分くらい一度にネルドリップでコーヒーを落として、それを寸胴に溜めておき、お客さんが来るたびに手鍋で一杯分ずつ暖めて出す店も多かった(ネルドリップだと、とてもこってりした味になる。いや、冷蔵庫で一日中保管しておくのだから、そのうちこってりしてきていたのかもしれない。
そして大学を卒業、就職先はなかなか見つからず、北海道の然別湖畔のホテル『福原荘』でアルバイトをして一年留年した後、最初の就職先が銀座にあるコーヒー輸入の会社であった、最初は焙煎卸部(喫茶

店に焙煎豆を配達する仕事で,
日本橋から浅草、水元方面の喫茶店を担当した。
あのころは会社の草野球部
でレクレーションを楽しんだりとても良い思い出だ。それから名古屋支店で生豆を焙煎屋さんに卸す仕事になり、コーヒーについて知らないことがまだまだあることを学んだが、
コーヒーの仕事からは離れた。その私が、故郷広島に帰って2002年から、自家焙煎し、コーヒー豆の販売を始めたのである


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『もか』

まずはコーヒーの思い出