三、 珈琲の研究


 日本に珈琲の基本的な要領を伝授した、アメリカの一般的な珈琲についてはさきにて述べました。しかしアメリカの珈琲の歴史と、その態度に触れて見ることは、現代の珈琲を理解する上に、矢張り欠くことの出来ない重要事です。
 アメリカでは独立戦争の頃、既にコーヒーハウスが出現していました。それはニューオリンズでパリの風習を伝来して造られたものでした。ニューオリンズは、本当のスタイルのコーヒーハウスが存在したアメリカ唯一の町でした。
 ヴァージニヤや、ニューヨークや、マサチュゥセッツや、その他のアメリカ最初の13州のコーヒーハウスは、イギリスの原型に従って、何時となく自然に出来たものでした。そのイギリスのコーヒーハウスは、半ばはコーヒー店として、半ばは酒店として造られたものでしたが、それはやがて時世とともに終止符を打たれたものでした。
ニューヨーク最初のコーヒーハウスであるバーンス(Bun's)は、ボウリング・グリーン(Bowling Green)の西北にありました。そこは常時ジョージ三世政府の圧制者に対する。反対党員の出入りするところでした。
 ボストンも革命時代(1783年アメリカ独立)に、既に夥しいコーヒーハウスを持っていました。ステート・ストリート(State Street)にあった最も有名なブリティッシュ・コーヒーハウス(British CoffeeHouse)は、始めは英国王信奉者の首脳部に取り入っていましたが、後にはその常連の中から成長した自由主義等によって、アメリカのコーヒーハウスとして変貌しました。
 合衆国の東方都市に、コーヒーハウスの純粋の型が現れたとはいっても、それは左程遠くもない頃からでした。それはギリシャ風を採りいれたものと、アメリカの植民地的なものとが時を同じくして現れたのでした。
 「今日では誰でもわが首都の真ん中やその他の産業都市で、ギリシャ人経営のコーヒーハウスが、繁栄しているのを見出せる。ニューハンプシャーのナシュアにおける、ギリシャ人地区の中心街には、本当の型をもった七軒のコーヒーハウスがある。そこでは、ギリシャ人や、幾人かのアメリカ人が、黒いトルココーヒーを啜ったり、パイをつまんだり、大きな飾りのある水煙草のパイプをふかしたりして夕べの時を過ごしている。」
と、それはもう2,30年も前のことですが、アメリカのコーヒー好きな旅行者は、珈琲の本来性を、そんなひそやかな場所にも見出そうと、心引かれて伝えています。アメリカのニューヨークの趣向は、上に記すように、珈琲の純粋性をたずね当てようとする珈琲立て方の一つの基本をつくったのです。
 珈琲調製の諸方式
 珈琲は生豆も焙煎品も、強い異臭から遠ざけて置かねばその臭いを吸収する。また焙煎珈琲は、その香気も、芳醇さも直ぐ失われるから、決して空気にさらしたまま置いてはいけない。
荒挽珈琲はその成分を浸出させるのに長い時間がかかる。そして珈琲は煮過ぎると、その香気も芳醇をも失うものであるから、そういうことを考慮して良結果を得るように準備しなければならない。
 珈琲は選択された材料によって、新しく焙煎され、新しく中挽にされ、注意深く清潔にされたコーヒーポットで、新しく立てられなければならない。
 1ペイント(約三合一勺)の水に対し、2オンス(約15匁)の 珈琲を用いれば、優秀なコーヒーが得られる。珈琲が煮られている時、冷水でその沸騰をとめて、その粉を落ち着かせれば、珈琲の浸液は澄んだものとなる。また木炭の小片を入れても、その効果は同じである。飲用珈琲の中に、粉末が混入するようなことがあると、如何なる価値も失われてしまう。

     1、煎法または沸煮法  
 冷水中に挽いた珈琲を入れ数分間煮る。この方法では、強くまた優れた珈琲が得られる。
 古い煮沸法では、卵の白味と珈琲をよくねりあわせ、湯の中で十分間ストーブの後方(温まるだけで、火のないところ)に置く。そうして得られた液体は優れたものであるが、常に成功することはなかなかむずかしい。

      2、 濾過法または蒸留法  
  これにはパーコレーターが用いられる。パーコレーターの中心部に置かれている磨砕珈琲に熱湯をゆっくりと通す。これはただ平均した味がつくられるように、大まかに考えられている方法である。

      3、 浸出または抽出
  磨砕珈琲は熱湯の中に入れ、煮立たない程度で十分間置く。この方法では、非常に気持ちの良い飲物が得られるが、その興奮性は余り多くない。
  珈琲調製の効果を正確にするためには、方法の如何にかかわらず、水は必ず新しくなければならない。前から煮立てられている湯を使うことは悪いフレーバーをもった好もしくない飲物に変化させる。活力がなくなるまで煮立てたり、石灰や硫黄や鉄分が含まれた水を使用すると、コーヒーの香味は失せてしまう。
 素材の珈琲はその芳香が汚されないうちに密閉したガラス容器等の中に貯蔵したほうがよい。
もし飲用にクリームが用いられるなら、クリームは冷蔵庫の中で蓋をして置かなければ、バタや野菜やその他の異臭のためにコーヒーのせっかくの味は代なしにされる。
 生豆による家庭の製造法は決して困難ではない。珈琲は焙煎すると直ぐ芳香を出し始めるものであるから、最も良い効果を求めるには、珈琲は何時も新しく焙煎したものを用いたほうが良い。
 ヨーロッパの用意の良い家庭では、毎日の必要に応じて朝早くローストされる。またこれはヨーロッパやアメリカの普通の習慣とはされていないが、小さなフライパンで焙られる。ある人は色によって、ローストの最も良い点を見極めることが出来るという。それは概ね赤味ががった茶色の時である。或いは香んばしい匂いによってとか、また指の間に挟んで砕ける程の脆さによってとか判断する。このようにした新しくローストされた珈琲は、きれいな粉に砕かれる。そして直ぐに調製する。
 もし自分でローストすることが出来なければ、新鮮な焙煎珈琲を一週数回に分けて買う方がよい。その珈琲は密閉されたガラス瓶の中に保存しておく。こうすれば、その香味は暫く保存できる。85%から95%のカフェインは、熱湯によって抽出することが出来、一杯分150CCの浸液の中には、約1.5グレインのカフェインが含有されている。

 優秀なコーヒーはどんな濾過装置をも持たない磁器または瀬戸引きのコーヒーポットで、簡単に作ることが出来る。この飲料物は、この単純な用意とここに引用する手順とによって、調整される。
 1、コップに軽く一杯の乾燥した挽いた珈琲(グラニュー糖程度の美しさに挽かれた)に対し、コップ6杯の水の比率を守ること。
 2、上記の割合によって先ず珈琲をポットに入れ、次いで新しく沸騰した湯をその上に注ぎこむ。
 3、珈琲と水とはともに5分間以上煮てはいけない。立て置きを温めて置くようなことはよくない。
 4、調整中素材の珈琲を沈めるには、大スプーン一杯の水を加えよ。さもなくば卵白を加えれば、酒のような透明さを得ることが出来る。
 5、即座に給仕せよ。
   例えば珈琲がすぐそんなに悪くなる筈はないといっても、即座にサービスすることは大切なことであって、味覚と臭覚とが直きに混同してしまわない前に、その馥郁たる香をはっきりさせるべきである。

 人間の経験や科学的実験の歴史が示すように、如何なるもっともらしい疑念があっても、珈琲の液体は「正しく造られたものは、必ず美味だ。」といわれているように、その安全な興奮性にとって人間の精神と肉体に慰安を与える、ということは確かな事である。
 珈琲は正しく立てられたなら、中枢神経に働きかけるカフェインの効力を当然現して、顕著な興奮性と疲労の快復性をもつ。それは心臓の働きを快くし、筋肉の力を増大し、精神の努力の集中力を出し、それによって頭脳の働きを維持する助けとなる。それは醒めてからも決して意気を沮喪させるようなこともなく、また習慣性となって満足できる興奮を取るために絶えず分量の増加を要求するようなことはない。
 珈琲は人間の大部分にとって決して毒ではない。しかし珈琲は興奮をを与えるものであるから、度外れた濫用は他の興奮性のものと同様に決して好ましいことではない。各人にとってどれだけが適当であるかということは、各自が発見すべきことである。そして耽溺に陥るようなことは差控えるべきことである。珈琲にはあ感覚を興奮させる一種の薬物的効能はあるが、それは単なる興奮物であって、利いたあとで気持ちを消沈させるようなものではない。
 極く僅かな人だけが、その健康上珈琲を採ることが出来ないが、このような並はずれた特異な人は、ほうれん草やありきたりの或る果実を食べることの出来ない人と同じことで、こんなことが実際にはあったとしても、人類の大部分に取って値打ちのある飲料をけなすことにはならない。
 アメリカにおいて珈琲に払われた努力的な研究は、珈琲の歴史にとって、忘れられない大きな功績といえます。民俗学的に、植物学的に、科学的に、医学的に、また経済学的に、それは広い意味で、科学的に検討されています。19世紀の後葉からなされたそういう成果は、サムエル・C・プレスコット(Professor Samuel c、 Prescot)教授の報告や調査となり、ラルフ・ホルト・チェニィ(Ralph Holt Cheney)の著述となり、ウィリアム・H・ユーカス(William H. Ukers)の集大成(Oll about Coffee)となりました。ユーカスは既に30年に亘る権威として、現在でもニューヨークから、月刊誌「ティー・エンドコーヒー」を発刊して、新界に大きな貢献をしています。
 南北戦争当時、アメリカの珈琲使用量は、年間2億ポンドでしたが、1925年頃には、13億5千ポンドとなっています。その頃の報告によれば、1866年には年間一人5ポンドであったのが、常時年間一人12ポンド(500杯)になり、きいかえれば、合衆国は一年に200億カップ一日当たり約5千4百50万カップの珈琲を飲み尽しているとあります。
 最近の「ティー・エンドコーヒー」誌によればこの数字は更に増加しています。即ち、
「アメリカにおける珈琲の使用量は、一人当たり昔の5ポンド半から、昨年度20ポンドにはね上がっている」
 といい、
「アメリカ人がこのように多量に珈琲を使用するようになったのは、第一次および第二次世界大戦の結果である。従軍した数百万の青年は復員して家庭に帰ったが、従軍中にふんだんに配給された珈琲が大好物となっていた。市民生活にかえって結婚したこれらのベテラン達は、朝に、昼に、晩に、コーヒーが欲しくなり、従って需要が増大したのである。」と評しています。戦前でさえアメリカの珈琲需要量は、世界の全産地の半ば以上でした。今日となっては、その比率はどれ位となったことか、前の数字に比較してその杯数は殆ど一億コップに近いものを一日に飲んでいることになります。

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