三、珈琲樹の伝播

1. 珈琲樹伝播の進路

珈琲飲用の習慣が一通り欧州全般から、新興アメリカへまで移行した直後から、珈琲樹が本格的に伝播を始めたことは、需要の関係からも当然のことですが、人類の発展史としての新大陸経営と印度航路競争の途上に、ゆくりなくも珈琲が乗じていたことは、何かしら一考させるものがあります。
 既に近世の初期、1492年、コロンブスによる新世界発見の直後、1498年にはポルトガルのヴァスコ・ダ・ガマは、喜望峰をめぐって印度に達し、1500年には同国人カブラルはブラジル海岸に上陸して、これをポルトガル領とし、次いで1505年には印度の経略が大いに進められ、サラセンと印度貿易を争い、1510年にはインド総督アルプケルケはゴアを占領し、翌1511年には更にマラッカ及びセイロンを占領しました。
 一方、1519年マジェランは、イスパニヤ皇帝の命を受けて世界周航の途に上り、翌年南米の南端海峡を通過して太平洋に出で、フィリピンに達し、不幸マジェランは土人に殺されましたが、その部下はよく忍耐して、初めて周航を遂げたのであります。1535年にはドイツはヴェネズェラの、聖マルタとマラカバナの間に植民地を開きました。その頃ポルトガル人は、日本にも渡来しており、1543年(後奈良天皇の天文12年)には種子島に鉄砲を伝えています。
 その間にイスパニヤの専制に抗して立ち上がったネーデルランドは、1568年に自由競争を宣言して海上に乗り出し、やがて成立するオランダ国の先駆となって、先進国の海外特権に迫って行きはじめたのであります。1555年コリニー提督による、新教徒のアメリカ移住企てや、1584年サー・ウォーター・ローリーのアメリカ探検は、ヴァージニヤ州の基を開き、それはやがて1776年のアメリカ合衆国の建国を、呼び迎えていたのであります。1600年にはイギリスの、1602年にはオランダの、1604年にはフランスの各東印度会社が設立され、世界は専らヨーロッパ各国の植民と貿易の大競争が演じられ始めていったのです。1578年には、ロシヤもまたウラルを越えてシベリヤに進出し始めてゆきました。
 こうした世界情勢に伴われて、珈琲はその新たな生産地を与えられれいたのです。それは必然的に二つの道を進みました。即ち東印度へと、西印度へと。そして、ヨーロッパが築き上げた南北アメリカの新天地は、珈琲にとっても、天与の大生産地となっていました。かいつまんでその伝播進路を見れば次のようになります。

東印度経由

1500年頃 アラビヤ人によりセイロンに至る。
1600年頃 回教徒ババ・ブタン、南方印度にアビシニの樹を伝う。
1696年   印度西南海岸マラパールより、オランダのジャワ総督ヴィレム・ヴァン・オウフホールンの官邸に植樹される。しかしその樹は水害により流出した。
1699年 ヘンリック・ズワールデンクローンにより、再度マラパールよりジャワに植樹された。この樹は非常に良く育ち、東印度の珈琲栽培の原木となった。そしてオランダ政府とオランダ東印度会社は、南米最大の力を注いでこれを奨励し、付近の諸島に繁茂せしめた。
1715年 フランス人ブルボン島(レウニオン島に栽培を行う。
1740年 イスパニヤの宣教師により、ジャワよりフィリピンに伝わる。
1750年 オランダ人セレベスの珈琲園を拡張す。
1830年 マレー半島では珈琲栽培方法が伝わったことと、スタンフォード・ラッフルスの強制的な奨励で、盛んに収穫が上げられるようになった。
1878年 英人、中央アフリカで珈琲栽培を行い始めた。
1887年 フランス人印度支那のトンキンにブルボン種を伝う。
1901年 オランダ人アフリカのコンゴーよりロブスタ種を蘭領東印度に伝う。

西印度経由
1706年 ジャワの最良の珈琲の種実を、アムステルダムの東印度会社長ニコラス・ヴィッチェンに送る。ヴィッチェンはこれを植物園に播かせた。やがてこの樹は5尺に生長し、花咲き実るに至った。
1714年 アムステルダムで成長した珈琲樹を、ルイ14世に贈る。皇帝はこれをパリの植物園において栽培せしめた。
1719年 アムステルダムの苗木は、西印度のスリーダにある、ネヤーレ伯の領地に送られた。
1719年 パリの4才になる苗木が、フランス海軍の士官クリューの最大の注意の下に西印度のマルテニックに送られた。この樹が南北アメリカの珈琲の原木となった。
1722年 マルテニックの珈琲樹はフランスの植民地ギヤナに移され、既に調査されていたデータによって栽培が行われた。なお1721年ギヤナには別のフランス人により、種実が伝えられていた。ハイチ、及びサント・ドミンゴに植えられたのもこの前後である。
1723年 ギヤナからブラジルのパラに移されたが、条件が不良のため成功しなかった。
1730年 イギリス人によりジャマイカに移植された。
1748年 サント・ドミンゴからキューバに種実が伝えられた。
1750〜グヮテマラに伝わる。またブラジルのパラ及びアマゾナスにおいて、ポルトガルの植民に伴いしきりに移植が試みられた。
1760年 ポルトガル領インドのゴアの樹を、ブラジルのリオデジャネイロに伝う。これが、ブラジルの風土に最適のことが分かり、注目されるに至った。
1770年 リオデジャネイロにおいて、珈琲の企業が行われ始め、やがて州全体に広がり、その後ベルギー僧の保護により、リオ、ミナス、エスピリットサント、サンポーロ等に順次盛大となった栽培と相俟って、遂に世界的な生産を上げる基となった。
1779年 キューバからコスタリカにイスパニヤの航海者が伝えた。
1784年 マルテニックの種実が、僧侶によってベネズェラに伝えられ、カラカス付近の栽培が始められた。
1790年 西印度からメキシコへ種実が伝えられた。
1820年 リオデジャネイロの種実がハワイ諸島へ伝えられた。
1852年 キューバからサルバドルに植樹された。

 この珈琲伝播の経路を振り返ってみると、それは大まかにいって、東インドと西印度を経由したことになりますが、その中にはまた自ら違った路もありました。
 遠き昔アラビヤ人によって、アビシニヤからインド南部に伝えられた珈琲は、マラパールから分かれてジャワに至り、そこで繁殖を遂げ、一つの郷土を作ってゆきました。そしてその優秀な苗はヨーロッパへもたらされ、アムステルダムとパリの王室植物園で育てられた上、西印度に渡り、中南米各地に珈琲の育成に適する無限の沃野が、その地の高原の高みに発見されて行ったのです。
 唯一の最大の産地ブラジルには、矢張り印度のマラパールの北部にあるゴアから、直接に渡航して最適の地味を見出したということは、異とするに足る別の一つの筋道でした。
 また故郷へ通う一本の道のように、18世紀の初葉アフリカの東岸に近い、いと小さき島ブルボン島(レウニオン島)に、忍び寄るように帰って来ていた珈琲もありました。
それはコヒヤ・アラビカの伝統を完全に保った、極めて美味なブルボンコーヒーとなって、それから200年をこっそりとその島に住んでいました。そして20世紀になった最初の年に、ブルボン珈琲は迎えられて東アフリカのケニヤに戻って行きました。エチオピヤに南するケニヤ。それは過ぎ去った昔にはいずれもアビシニヤとされていた一角でした。幾年代を過ぎ、世界の各地を経巡って来たそれは、最早野趣だけのものではなく、洗練されたものでした。故郷の天地に新しい視野を開いた珈琲は、それから今に至るまで孜々として、本然の姿を美化しつづけて来ているのであります。
 コヒヤ・アラビカの発展の途次には、コヒヤ・リベリカやコヒヤ・ロブスタ等の他種も発見されているのです。しかしアラビカ種はその品質においても、繁殖の適応性においても、最も優れていることが分かり、各国共これに最も力を注ぐこととなりました。また南北アメリカの広大な地域は、珈琲樹の生育に実によく適していて、その生産量は左の最近の表で見られるように遂に世界の全産量の大半を占めるに至りました。

        2. 最近の珈琲産出状況 (アメリカ版「ティー・エンドコーヒー」、1950年5月号記載誌)

1949〜1950  世界の各珈琲産地の輸出可能量
           29,900,000袋  容量一袋に付60斤(132封度)
         内 ブラジル産 15,700,000袋(53%)
1948〜1949  世界の各珈琲産地の輸出総量
           31,500,000袋
1935〜1939平均 世界の各珈琲地産の輸出総量
         35,900,000袋
1945〜1950 各産地ブロック別珈琲事情 (単位 袋)


         産出総量    輸出可能量

 北・中米   5,870,000     3,870,000
 南米    27,655,000     21,955,000
  アフリカ  4,025,000      3,715,000
   アジア  1,005,000       280,000
  オセアニヤ  90,000        40,000
    計   38,645,000     29,860,000

            世界の各コーヒー産地別輸出量 (単位 袋)
                  1948年   1949年
  ブラジル Bragil     19,368,468  17,492,213
  コロンビア Colombia  5,409,653   5,587,535
  コスタリカ Costa Rica  267,931    379,322
  ドミニカ  Domincan Rep  287,006   223,586
  サルバドル EL Salbador  1,259,915  975,865
  グヮテマラ Guatemala    919,158  805,545
  ホンジュラス Honduras  103,082     53,660
  メキシコ  Mexico     817,154   523,735
  ベネズェラ Venezuela   362,704   595,646
  エクァドル Ecuador    175,422   231,473
  ハイチ  Haiti       552,399   231,178
  ニカラガ Nicaragua    113,990  241,470
  ペルウ  Peru        14,685   15,258
  白領コンゴー Belgian Congo 523,900 509,200
  ケニヤ Kenya          104,000 283,000
  ウガンダ Uganda        不明   630,066
  インドネシヤ Indonesia    82,100   39,650
  英領西印度諸島 Brit. W.Indies 33,000  不明
  インド India            18,881  13,380
  アビシニヤ Abyssinia     258,333  258,333
  フランス植民地 French Colnies 1,500,000 1,500,500
   計               32,171,781 30,590,115



四、自然の世界


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