四、自然の世界

 1. 珈琲の地誌的展望

 一般に珈琲は熱帯地方の温帯的な気温の所に産するといわれています。それは必然的に高地をさすのであり、その意味では概して間違いはありません。しかし例えばブラジル、ジャワ、アラビヤというような呼称に従って、これを考えるとき、誰しも漠然とした赤道下の暑い国だけが浮かんで、実際にはその産地を想い浮かべることは出来ないのです。
  地球上をその真ん中で東西に環ぐる赤道は、これを隔てて北のほうには遠く極北にまで及ぶ大陸が重々しく続いているのに引きかえ、南のほうは南アメリカ大陸の突端が、細く長く消え入るように尖って、南緯55度に延びているだけで、縹渺とした夢幻を思わせる大海水が殆どその全部を覆うており、それも太平洋、階西洋の二大大洋が大陸を押しやって、北方の奥深くまで水を湛え、印度洋もアジヤの大陸塊から突出する三角の印度を挟んで、その東西を太陽北回帰線までも喰い込んでいます。
 太平洋の西南には大穹の無数の星を思わせる島嶼群が、印度洋との間に散在しており、その南にはオーストラリヤの北辺をのぞかせているとはいいながら、太陽の過ぎる赤道直下には、ここを覗いては除いてはアフリカの中部と、南アメリカの北部に地表を見せているに過ぎません。熱帯といわれている地域はこの赤道の南北において、太陽の回帰線までをいうのでありますから、そこには極めて僅かな陸地しか存在しないということになります。
 珈琲はこんな熱帯の区画内で、その生育の適地を見出すのであり、それは無論どこででも非常に近似した状態を具えていなければならないのであって、仔細にこれを見れば次のようになるのです。


  2. 生育適地の地理的条件

1、赤道を中心にして南北とも太陽の回帰線(23度半緯)までの間、即ち、熱帯地域中にその繁殖または栽培の適地を見出しますが、状態によっては極めて稀に、約30度南北にも生育することがあります。
2、赤道付近にありながら、気温分布は全年平均、摂氏20度乃至30度の等温線間内でなければ、その適地は見出されません。無論珈琲は熱帯性植物であって、その生育、開花、結実には太陽の直射を必要とします。しかしそれは相当の高原または傾斜地において、いわゆる温帯のように四季極端に激変する気温ではなく、年間を通じて余り大差ない適度の温度を保つことを必要とするので、その点、温帯性植物とは異なる性質を持っているのです。そしてこのような条件によく適った場合、最良の品質の物を得ることが出来るのです。
3、赤道付近の大陸や島嶼はたいていの場所で、海に接して2,3千米から、特に5,6千米にも及ぶ山地が聳立しているところが多いのです。それは実に自然の奇であって、太陽の直下にありながらもその気温はやわらげられ、高山では雪に装われているものすらあります。夏季海洋から吹き寄せる湿気の多い風は、この高い山地に突き当たると、雨となってその斜面に降り注ぎ、高温と湿潤によって醸される肥沃な土壌を形成しています。そうした半年の雨季も、太陽が赤道の向こうに傾く冬季になると、風は反対方向に吹き初めて、山地は爽快な乾季となります。この極めて正確なこ季節風や、規則正しい貿易風の影響の多い地域に、珈琲は好んでせいいくするのです。また生成に適した土地はブラジルを例外として、他は殆ど火山地帯が選ばれています。

  3. 地理的分布

 海洋によって極めて遠く隔たりながらも、珈琲の生育に適した自然的地域が、熱帯の限られた区画内に設けられてあったということは、そこに到達した人類の移動と、珈琲の伝播とを共に考え併せて見て、非常に興味深いものがあるのです。しかしここではその地理的分布の環境について観察を試みたいと思います。

      珈琲産地の各ブロック
 1.アジヤ大陸の南東部

 この地域は、「東部熱帯季節風地域」に属し、北緯5度から20度の間にあります。砂漠地帯を除く印度の大部分を含み、世界最大の陸塊から大洋に突出している半島で成り立っていて、その大陸塊はヒマラヤの大山脈によって分かたれながら、東に延びて印度支那半島を包含しています。
 ここでは夏季印度洋から吹いてくる湿気の多い風を遮断して、多量の雨を降らせるように山獄が配列されていて、幾多の大河の流域に展開する豊穣な平地や森林地帯からは、米、小麦、砂糖、麻、ゴム、チーク材等の豊富な物産が得られます。印度西南部のマラパール海岸に添って走る西ガッツ山脈の傾斜面には、マイソルその他に優れた珈琲を産します。
 セイロンは今でこそ紅茶で有名ですが、マラパール海岸地帯と共に回教徒によって、16世紀初葉には珈琲樹がもたらされた處で、かつては珈琲産地として知られていたことが想起されます。
 現在世界の各地に分布している珈琲は、殆ど皆アフリカのアビシニヤを原産地とする、学名コヒア・アラビカ・Lが伝播されたものですが、これ以外にもロブスタ種、リベリカ種等各種の珈琲が同じアフリカのコンゴーやリベルヤから発見されています。
 印度支那半島の東部山脈地帯、即ち佛領印度支那唐は、フランス人に依って開拓されたトンキンその他のアラビカ種珈琲園が多いのですが、ロブスタ種も相当産出されています。

2,馬来半島及び馬来諸島及び豪州クィンスランド

  この地帯は、その大部分が「一様暑熱低地」の分類には入り多岐多様の大小数多の島嶼と極狭い半島と陸地の一部から成り立っており、赤道を中心として、概ね南北緯十度の間にあるのですが、その一部は各々多少延びていて、このブロックはまた幾つかに分類をして見る必要があるのです。

  a、馬来半島
  馬来半島の沼沢的な狭い海岸平地の中側には、山脈が中央に聳起しており、狭いタラ地峡によってアジヤ本土に接続し、本土及び南方東方に群がる馬来諸島と全く類似した特徴を示し、気候は暑くて変化はないが、殆ど毎日襲うスコールによってやわらげられています。
ここにはロブスタ種と共にリベルカ種が産出されています。

  b、馬来諸島
 この地域は数万年の昔、それはボルネオとセレベスの間にあるマラッサル海峡からバリ島の東にあるロンボック海峡をつなぐ、極めて深く且つ狭い海峡、即ちモルッカ海溝によって分かたれていた、二つの大陸であったといわれています。それが何時か低地が濤の下にかくれて、山の背や峯や台地だけが水面に高く抜き出た、大小無数の島嶼と内海とを形成し印度洋と太平洋の二大洋の間に展開しています。
 これらの島嶼の大部分は外洋に面して高く、内海に面して低い海岸地帯をなし、常に規則正しい貿易風が吹いており、山の多い島の中央部は森林地帯をなして、植物の生育に最も良好な気温に恵まれています。その殆ど全域で珈琲の栽培が行われています。
 ジャワは赤道の南北7,8度の間にあって、ラウン山(3,332米)テンケル山(3,610米)メラピ山(2,910米)スラマト山(3,972米)等3000米以上の火山を連ね、雨量に富、これらの島嶼中最も早く開け、且つ最も生産的であります。オランダ政府は1699年印度の西南部マラパール海岸から、この地に珈琲を移植して以来その栽培に力を注ぎ、砂糖と共に最も貴重な植民地産業の一つとしていました。本島は馬来諸島中で最も重要な珈琲産地であり、その品質も高く買われていましたが、病害等のため一時疲弊し、今世紀の初頭からコンゴーのロブスタ種を移植してその栽培に重きを置かれるようになり、オランダ統治時代には一時強制栽培も行われ、世界産出の第三位を占めていたことがありました。ジャワ・アラビカの声価は今尚失われてはいません。
 スマトラは赤道を中心にして南北緯5度の間に横たわり、赤道的気候ですが、スコールと雷雨にやわらげられ、豊富な木材とともに、胡椒、ゴム、樟脳等の熱帯的産物で有名であり印度洋に面する西海岸のコリンチ山(3,690米)を中心とする連峰一帯からは、ジャワに次ぐ珈琲の産出が見られ、その中には最高級珈琲の一つである、マンデリンその他の優良珈琲が見られます。
 以上の他群島中には、ジャワの東に連なるバリ島たチモル島、または赤道下にあるセレベス島等、殆ど山地から成り立っている島々から、いずれも良質のものが得られます。

  c、フィリピン群島
 フィリピン群島は北緯5度から17度にある数多の島々から成り、マレー諸島中に含まれてはいますが、自然的地域としては、南部のミンダナオ島がマレー諸島と同様「一様暑熱低地」に入るだけで、その他は、「東部熱帯季節風地域」に属し、東支那海を隔てて、印度支那半島から印度に連なるアジヤ大陸の南東部地帯と共通の特徴をもっています。
 即ち夏季マレー多島海から起って北に向かう風は、その通路に当たるフィリピンの大半を襲う季節風となって、多大の影響を与えることは、アジヤ大陸南東部地帯の状況と全く同様です。しかしここではさして高い山の連なりもなく、海岸に面して相当広い沃野があって、米、煙草、マニラ麻、及び砂糖の生産が多く、珈琲の産出はその量においても質においても、さして目覚しい実績が見られません。それは赤道にはやや遠いのにも拘わらず、何処か清涼さに欠けるこの土地の環境が、珈琲の生育には不適当であるからだと思われます。

 d、豪州クインスランド
 オーストラリヤは無論馬来諸島中には含まれてはいないのですが、その地域に接近する唯一の別の陸地なので、この項目中に付記します。
 この陸地の北部は南回帰線上にあって、この一帯は自然的地域では「熱帯季節風地域」に属します。そしてクインスランドはその東部を占めて珊瑚海に臨み、北に突出するヨーク半島はトレス海峡を隔てて、ニューギニヤが指呼の間に迫っており、山系はここから南に、海岸に添って200米乃至千米の高度を保って広がり、南回帰線を越えると更にオーストラリヤアルプスに連なって、南端のバス海峡に抜けています。
 クインスランドは夏季豪雨を伴う季節風を受け、植物は非常に豊富で、湿潤な暑い場所には棕梠その他の熱帯植物が繁茂していますが、豪州中最も人口が周密しており、採鉱の他、甘蔗や玉蜀黍、果実などの栽培が盛んに行われ、北部の台地からは珈琲も産出しています。しかしこの珈琲はフィリピンのものと共に、珈琲市場からは現在多くの期待がかけられてはいません。

3.ハワイ諸島
 ハワイ諸島は殆ど熱帯の部分に散在する「太平洋諸島」中の、最も有名な且つ有用な一群島で、北緯20度内外、東経155度乃至60度の間に連なっている火山列島です。気温は他の太平洋諸島と同様地球表面上最も変化のないところであり、雨は夏冬を通じて降りますが、夏季に最も多く、砂糖、米、綿、及び果実等の農産物があります。
 本列島の南東端にあるハワイ島は列島中最大の島で、マウナマヤ(4,210米)マウナロア(4,168米)キナウエア(1,235米)の三山が全土を占めており、風土は極めて良好な珈琲産地に適していて、コナ或いはブナ等の珈琲はいずれも皆この島から産出されます。

4.中央アメリカ及び西印度諸島
 北アメリカ大陸はメキシコに至って狭くなり始め、山脈は西海岸に添うて走り、メキシコ高原を広く包んで、海岸には沼沢地の多い平原があります。北緯20度の線をやや南に至って一層狭くなる地帯に山脈が横たわり、オリサバ山(5,582米)ポポカテペトル山(5、452米)の2火山が立ち並び、暖温帯域に属する北部と、暑熱帯地域に属する南部とを、また地勢によっても画然と区切っています。この狭い地帯がテワンテペク地峡との間に、太平洋岸に接して火山脈の連なる中央アメリカの細長い地帯で、宛も手を携えて踊る輪舞のように、カリブ海を隔てて大アンチル、小アンチルの諸島と相対しています。
 この一連の地帯は熱帯季節風地域中の「アメリカモンスーン地帯」をなし、メキシコの南部グヮテマラ、ニカラガ、コスタリカ、パナマの諸国に分かたれる中央アメリカは、すぐ南に接する南アメリカの北部地域や、ブラジル南東部と似た気候を持つ高原地方を含み、冬季は比較的高い地方を除いては、非常に乾燥していて且つ暖かであり、夏季は貿易風雨の影響を受けて暑く且つ湿潤です。
 西印度諸島をなす大アンチル、小アンチルの諸島は、キューバ、ジャマイカ、ハイチ、ポルトリコのやや大きな島と、ドミニカ、マルテニックその他の群小島嶼を連ね、熱帯中にありながらも大洋の影響によって、多少やわらげられた暑い湿潤の気候を有し、恐ろしい句風や火山活動に脅かされていますが、植物は非常に豊富で、砂糖、バナナ、カカオ、煙草等の熱帯的物産は海風の影響の多いこれらの地域内のいたるところに産出され、珈琲もまたそれぞれ特色のある良質のものが各島の高所で収穫されています。
 小アンチル諸島中にある仏領マルテニック島は、1723年キャプテン・クリュが、珈琲原木をもたらした所で、中南米諸国の珈琲は殆どこの島から数年に亘って近隣諸国に伝播されたものなのです。

5,南アメリカの北西部及び南東部
 コロンビアを中心としてエクヮドルとベネズェラの一部を含む南アメリカの北西部、及び赤道に接近して横たわるアマゾン河の大流域地帯を含まないブラジルの大部分を占める南アメリカの南東部は、熱帯季節風地域中「南アメリカモンスーン地帯」に属し、本土の雨域に隔たりながらも、全く類似した自然的条件を持つ地域をなしています。
 あ、 コロンビア及びエクヮドル、ベネズェラの一部
 コロンビアはその殆ど全部が三嶽地帯で、極めて赤道に接近した地域ではありますが、相当の高地なので温帯の産物が出来るのです。
 大陸の西部を太平洋に面して碗低と連なるアンデス山脈は、ペルー、ボリビヤ、チリ等の西部諸国を経て、マゼラン海峡にまで達していますが、この大山脈はポリビヤ岬に近いエクヮドルで一度途切れ、再度同国のちゅうぶにあるコトバクシ山(5,943米)チンポラソ山(6,310米)の二大火山から発して、コロンビアに入ると三つの山系に分かれ、その一つはカリブ海に沿って、ベネズエラ海岸を小アンチル群島に走り去っています。
 コロンビアの首府ボコタは2550米の高さにあって、一年中清涼な陽気であり、三つの山系は高く涼しく、谷と平坦な高原とは肥沃な脳山地をなし、東部の内陸に向かう傾斜は暑くそして隆起しており、西部海岸の低い沼沢的な地帯は、大陸西岸を洗って赤道付近まで北上する寒流のため涼しくされています。
 コロンビアは煙草、規那、ゴム、ココアその他の熱帯性農産物とともに、珈琲の名産地であって、産出量はブラジルに次ぎますが、質に於いては遥かに勝り、産出地域は一千米から二千米の高原です。中でもボコタ地方連盟の地方及びマグダレナ河を隔てて稍々北にあるメデリン地方(アンティオキヤ)から産出されるものは、特に良品とされています。
 エクヮドルはコロンビヤの南部の赤道直下にあって、太平洋に面して高山地帯をなし、雨量が多く土壌は肥沃で、珈琲その他熱帯植物が豊富ですが、土地が高く交通は甚だ不便です、その首都のキトーは三千米の高所に位しています。
 コロンビアの北部から東に連なるベネズェラのカリブ海沿岸は、赤道から稍々遠ざかってはいますが、彎流洗われているので暑さ一層酷です。しかしコロンビアを通過するアンデスの一山系は、バレンシヤでカリブ海に接し、海に向かって一層そそり立ちながら、首都カラカス及びバルセロナを経て小アンチル群島に連なり、この山中からはいわゆる高地珈琲の良品が産出されます。
 ベネズェラ南東の砂漠地帯を隔てて、ギヤナは殆ど赤道直下にありますが、二百米乃至千米のギヤナ山地があって、モンスーンの影響を受け、植物はよく繁茂します。十八世紀の初期マルテニック島から佛人によって珈琲樹が移された大陸初の土地はこのギヤナで、ここからまたブラジル等へ移植が試みられたのです。
b、南東ブラジル
 アマゾン河の流域を含まないブラジルの広範囲をなすこの地方は、一帯に高地で、高原の連峰は海岸に接して高く、海風はこの山獄に吹き付けられて多量の雨を降らせ、幾つかの河川は一旦内地に向かって流れ、高原の谷間を迂回して大西洋に注いでいます。
 この頗る広大な区域内は、600米乃至千米の平坦な高原地帯で、珈琲の生育に最も適し、
 殆どいたるところで栽培が行われています。しかしその最大の山地は南回帰線の過ぎる沿岸サントスを港とし、パラニヤ河の支流に臨むサンポーロを中心として、南方パラグァイから東方リオデジャネーロに至る、ブラジル唯一の陸高1200米の地域で、もっとも集約されたその農場からは、世界の珈琲産出量を左右する程の生産がなされているところです。ここの他相当大きな集団農場は、サンフランシスコ河が大西洋に注ぐ大きな湾曲部に抱かれたバイヤを中心とする区域です。
6、アフリカ台地及びキネヤ海岸リベリヤ・南東海岸ナクル
 アフリカ大陸はその中央を赤道が通過していて大部分が熱帯にありますが、東部沿岸に近く、赤道直下にケニヤ山(5,240米)キリマンジャロ山(6.010米)などの火山を連ねる、標高の高い山脈が通り、その山脈は南部に近づくにしたがって、ほとんどその全部に広がるアフリカ台地の大丘陵地帯で、大陸の南東半分は比較的やわらげれた気温を呈しています。
しかし西北の半分は幾らか人間の住みえる台地が点在しますが、大部分は不毛のサハラ砂漠や欝蒼とした森林に包まれるコンゴ盆地で、長く未開のまま人智の外にかくされていたのです。
 これらの各地方はそれぞれ全く異なる気候や状況をもつのですが、熱帯季節風地域に属するアフリカ台地は、スダン、エリトレヤ、エチオピヤ(アビシニヤ)、ケニヤ、ウガンダ、タンガイカ、ヌヤサランド、南北ロデシヤ、ギネヤ海岸アンゴラ、葡領アフリカ、及びマダカスカル島を含んで、大陸の暑熱により周囲の海岸から吹き込まれる湿度の多い風のため、夏季極めて多量の雨を降らせ、適度の温度と湿度による肥沃な土地を形成しています。
 いまでもライオン、象、ジラフ、犀、河馬、鰐等の生息するスダンは、サハラ大砂漠の南縁に添って延びており、土地は豊饒で種々様々な果実、煙草、珈琲、甘蔗、棉等が、殆ど野生の状態で生育しています。
 エチオピヤは珈琲の原産地といわれて、今でも他の熱帯植物とともに野生する珈琲から、収穫があげられていますが、アフリカ台地では西端のアンゴラまで、いたるところに珈琲が野生している状態が見られながら、あまり組織的な珈琲の経営農場は行われていず、わずかにケニヤやエチオピヤのハラル地方、対岸アラビヤのイエーメンから産する、モカコーヒーに類似した品質のものが生産されているくらいのところです。それは熱帯の豊沃な住みよい高地では特に努力して生活の手段を選ぶ必要をもたなかったためだと思われるのです。
 しかし赤道下に横たわるこの大規模な山脈中には幾つとなく大小の湖水があり、しかもその所在の高さが赤道直下のビクトリヤ湖の1134米、稍々北のエチオピヤ、ケニヤ、ウガンダの国境にあるルドルフ湖が472米、またタンガイカ湖が782米というように、前に記したこの山地の標高と考えあわせて、この一帯の地域の高原や谷や傾斜地の状勢を推測することが出来、それによってまたいつの時代にか珈琲がこの地に発生し、自然の間に保存され、今日に至った真の姿とその適応性を量り知ることが出来るのです。
 (リベリヤとナクルは珈琲の原産地だといわれているアフリカのうちで、新たに形成され始めた異色ある二つの産地です。これはただ産地だけに眼をとめて何気なく見過ごすことの出来ない、新しい世代の代表的な型だとも、また珈琲のアフリカへの復帰の端緒とも思われるものです。いずれもまだ非常に小さな産地ですが書き加えます。)

ギネヤ海岸リベリヤ

ギネヤ海岸は「一様暑熱低地」に属する典型的な赤道の森林地帯で、海岸は低く、やがて沼澤地となっており、奥地は深く、高く、際限もない森林に覆われています。十月から一月にかけては乾燥した風がサハラ砂漠から吹き込んで来ますが、その期間を除けば赤道を横切る南東貿易風を受けて雨量が多いのです。
 この海岸に幾つか目覚め始めた国々の一つであるリベヤは、奥地に千米の標高をもつコング山脈を横たえ、アメリカ合衆国によって、形成されかつ独立を附与された解放奴隷の国です。国を維持する財源の一つとして、珈琲の栽培が行われ、既にかなりその声価を認められつつあります。

ナタル

アフリカ南部の温暖帯地域に属するナタルは、南緯30度にあるアフリカの東部海岸の狭い地域で、土地は海岸から急に隆起し、乾燥した不毛の海岸地帯と産地との間には、雨量にも、植物にも甚だしい相違があります。三千米の高さに聳えるドラケンベルグ山脈は、夏なお雪を装い、山の多いナタルの観景を一層美しくしており、土地は上方に傾斜するに従い、半熱帯から温帯へと気候の変化を見せています。
 稍々低い傾斜地や谷間の肥沃な土地では、砂糖、米、棉、その他の亜熱帯性植物とともに珈琲が生産されています。他のすべての珈琲産地が赤道近い熱帯の温帯的な場所であるのに、カタルが唯一の温暖帯内の珈琲産地であることは、この地が非常に熱帯的な風土をもっているからですが、このことは珈琲の繁殖について矢張り示唆するところが多いと思わねばならないことでしょう。

7、アラビヤ
 アフリカ北部に横たわるサハラの大砂漠や、アラビヤ海を越えた印度のクール砂漠と呼応し、「降雨なき砂漠」に分類されるアラビヤは、平坦な高原地帯で、紅海に接近して最高の高さ連ね、その山の背後は焼けるような不毛の砂漠になっています。しかしその砂漠の中にはまた丘陵性の地方があり、これを横切る谷には豊かな牧草が生え、ネヂトと呼ばれる地域即ち
サウジアラビヤは、アラビヤ人の故郷といわれます。
 アラビヤの最も肥沃な部分は、砂漠の南西部イエーメンで、北緯13度内外にあり、紅海を隔てて極めて近くアフリカに接し、その尖端は紅海の入口をなすバイデブマシン海峡を扼しています。この地域は3300米もの高さですが、季節風による降雨を受け、既に遠い昔からその2000米付近までは切り開かれて、丘陵は階段式の耕地となっています。
 熱烈な宗教とその精勤さをもつアラビヤ人の性情や、その他の数多い利己的な欠点をあわれ考えると、実に住み難い砂漠に生を享け、そこに人間としての行き方を見出そうとした努力の結果からと思われます。やがて倦怠のなかに潮の如く引いて行きましたが、かつて果たした精神的な、また科学的な彼等の貢献の中に、珈琲の文化もまた加えられていたのです。そのことに関連した歴史的な考察はともかくとして珈琲が対岸アビシニヤでアラビヤ人によって発見され、やがて世界に伝播される最初の機縁がアラビヤ人によってつくられていたことを、、イエーメンの精緻な階段式の耕地に発見することは、実に深い想いを起こさせる事実ではありませんか。
 イエーメンから産出されるモカコーヒーは、珈琲中最高の品位であると同時に、現在世界中の各産地の珈琲の母体をなすコヒア・アラビカ・Lの原型です。またイエーメンは珈琲の原産地とされる対岸アフリカのアビシニヤの始祖、メネリック一世の生母、シェバの女王の王国であったのです。紀元前一千年のその古き昔を想いだして、コーヒーの母をシェバ女王に求め当てると、その叡智と、計量し難いニュアンスを、一滴のコーヒーの中に推測し得るのです。
 アラビヤの北部の砂漠はシリヤ砂漠に続き、西はダマスクスに、東はバビロニヤを流れ下るユーフラテス河に及んでいます。そしてキリストの聖地パレスチナは元シリヤ国の一部でヨルダンの流に臨むこのあたりが、人類の歴史の上に永く久しく争い続けられる焦点となていたのですが、エルサレムに都したバビロンの王ソロモンとシェバの情報の邂逅や、そのえにしを想い浮かべて、また新たな実相を珈琲それ自身の自覚の道程に見出し、更にまた新しい感嘆をおもうのです。
 無論歴史は人類の発展過程を描いた象徴であって、その中から一つの真実性を発見することは清心科学の領域です。珈琲の中からそうした意味での科学の領域を見出すことは、珈琲の自覚に潜むことでもあります。そして珈琲は今まさに人類の活ける味覚の中で、国境を越えた無数の人々の知性の中で、はっきりとその自覚を共感しようとしているのです。


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