三、 珈琲の焙煎と配合


  珈琲の実は焙煎によって、その豆の硬さは失われ磨砕し易い形となり、同時にその優雅な芳香や繊細で佳良な風味や深い美しい色を生じ、飲用珈琲の素材となります。
 焙煎は摂氏200度乃至250度で行われ、豆の形は膨張しますが、その目方は水分その他の消失によって減少します。焙煎の程度は、あまり浅すぎては芳香も佳味も出ず、またあまり深すぎては不良の味と焦臭い匂いとなるので、大体に目減りの程度は、18パーセント位が最も良いとされています。
 また珈琲の爽快な興奮性は、その種実に含まれているカフェイン(テイン)によるものですが、焙煎中その一部は遊離し、他の揮発成分の一部が発散するとともに、その他の成分も変化し、それらが結合して珈琲特有の価値を生成するのです。
 カフェインは苦味をもつもので、一杯の珈琲中には、豆の種類によって幾らかの相違はありますが、極僅かな割合で含まれています。また灰分中には珪素、珪酸、鉄、石灰、苦土、加里、曹達、燐酸、硫黄、塩素がふくまれていて、加水分解によって生じた他の遊離物質や酸とともに、飲料に渋みを与えます。その他にタンニンも苦味や酸を呈します。珈琲は脂肪を多量に含み、パルミチン、ステアリン、オレイン酸のグリセリードと他に種々の揮発性油を含有し、糖分は甘藷糖及び葡萄糖糖で、焙煎によりその大部分はキャラメラとなり、一部はかすかな甘みとなって残ります。
 茶やココアとともにカフェインを含むアルカロイドの飲料として、珈琲は特にその液体の色も、芳香も、味覚に与える刺戟も顕著なために、かえって害物かのような誤解を受けたこともあります。しかしそれが全く滑稽な思い過ごしであったことは今日では知れわたったことです。

可溶分 灰分 祖繊維 他の無窒素浸出物 タンニン 糊性 糖分 エーテル浸出物 カフェイン(テイン) 蛋白質 水分 珈琲の成分
30.84 3.02 24.01 20.30 9.02 0.86 7.62 11.80 1.07 12.64 10.73 生豆%
28.66 4.65 18.07 39.88 4.63 1.31 1.31 13.85 1.16 14.13 2.38 焙煎後%

珈琲の焙煎はそれぞれの好みによって、極浅いものから、表面に油のにじみ出るようになるまでするものまで、、ライト、ミディアム、ダーク、フレンチ、イタリアン等と大別していわれる焙り方があります。それは焙煎珈琲の特質が失われない範囲内で行われる程度の差であって僅かな差でもその特長はさまざまに変化するものです。生豆までは栽培業者の手に成るものではあっても、それ以後は必ずしも製造業者の手を経なくてもその人の機知と明敏によって、最も良質の出来栄えが得られることは、珈琲のみが持つ知的な要素だといえるでしょう。珈琲の鑑賞には期せずして多分にそうしたことをも含まれているのです。
 焙煎には完備した焙煎機がありますが、家庭では、小さな豆焙り器で、炭火などの上で容易に焙り上げることも出来ます。強い火の上でなら豆は15分前後で音を立ててはじけ、茶褐色を呈して来ます。好みの度合に焙り上げられた珈琲は、極力すみやかに冷却しなければなりません。さもないと折角の芳香分は散逸し、内容の性分は損失してしまいます。しかし完全なものは修練を経た焙煎業者の手を経る方がよいことはいうまでもありません。
 一体に浅く焙られたものは、濃く焙られたものよりは酸味をもち、強く焙られたものは苦味を呈しますが、そうした要因を総合し、また各地産の珈琲の性格を会得してつくられる、飲料としての珈琲の表現には、経験とともに一層確かな感覚が必要なのです。
 珈琲がその産地の別によって、実に異なった風格を持っているということは、珈琲の興味を一層増させることであると同時に、一見非常に厄介なことにも思われます。美味な珈琲は一種よりも性格の相反した数種を配合して得られるのであり、それは必ずしも一定の表等に従うことが出来ない程、そのときどきの変化に従わなければならないのです。
 一概にいうならば、それは配合する者の--- 原則的には珈琲をたてる者となるのが理想でありますが--- その時に応じた好みと、また試みんとする構想に対して、最も端的に合わされるものなのです。従来は稍々形式が重んじられていて、味覚も規定概念があって、配合は極力それに従うように行われていました。もちろん粉末珈琲が製品として販売される場合には必然的にそうしたことも起こるのですが、ブレンドの本領は好みによって造られるのであって、新しい感覚は配合にも立て方にもまた新しい手法を生むに違いないのです。
 珈琲の表現は仔細に見れば、数多くの条件が総合されて、最後に数分間の熱湯中において遂げられる珈琲質の変化を捉える所にあるので、それはあくまでも科学的な手法の中にあるといい得られます。そのことは当然一つの方法を生ずることも想像されなくはないのですが、さればといって必ずしも約束どおり行かぬということは、そもそもの原材料である珈琲の実が、常に一定したものではなく、また常に同質のものを得るということは出来ないことと、それを造る者の熟練による直観と、表現の手法が最大の条件となるといえるのです。
 さきに焙煎の度合いのことについていいました。例えば浅い焙り方とします。そしてどの豆でも浅く焙りさえすれば常に同型の柔い味が得られるかといえば、決してそうではなく、採取されてからまだ年数も浅く、どこか祖剛なものとでは、決して同じ結果は得られないのです。
 モカの例について見れば、その最も良質のもので、採取後4,5年以上のものを浅く焙り、4匁も使用してあっさりと立てたものは、美麗に立てた極上の紅茶にも似た淡々とした色調を示し、匂高いその滑らかな液体は、甘酸を主調とした極柔い苦味を呈して、それこそあっというほどの絶品となります。しかしあまり若すぎるものでは、同様の方法ではその主調は円熟しない酸味が勝って、味わいの調和は得られません。
 しかし取材としての珈琲実の特性をそこまで厳密に量らないで、湯の加減によって味をつくることも出来るのです。例えばここに中位の焙り方のもので、調和された配合のものがあり、
これに熱湯がふれる最初の瞬間の度合いが強度であったとします。それは手法として、珈琲粉の盛られた布袋の外には出さないまでに、一度に相当量の湯が注がれたものは、その感触が徐々に柔かく施されたものと比較して必ず強い性格を帯びて来ます。材料が液体化されるまでには、
僅かに3,4分しかかからないのですが、それだけの時間が用いられば材料の含む精分は、いかなる湯の注ぎ方でも同様に溶解、浸出し、従ってその味も一定するかと思っても決してそうでないのだということは、珈琲の浸出の変化が--- あるいはそれは科学的というよりも、むしろある意味では物理的かも知れませんが--- 極めて微妙だということを示しているのです。
 珈琲の配合は必然的にそうした結果を想像して取捨選択されなければならないのであって、
それにはまた出来るならば主調される味の性格を持つ珈琲が主体となることが必要となるのであります。珈琲の味が大まかにいって甘酸苦だといっても、それぞれの特性を持った三種の珈琲が、三等分の割合で合わされても、決して調和したものとはならないのです。舌の上に描かれる感覚の、あの美しい形は、いはば調子を持っていて、それはまたはなはだ音楽的ですらあります。味覚の上では音の長短や高低に相似た要素は、味わいの質の濃淡とそのそれぞれの幅であって、珈琲の場合には、一層、香と頭脳に及ぼす興奮性の刺戟によって、人体の働きを鼓舞するものをもともなっているのです。
 配合はそれが正しく立てられたら、当然その真価を液体の中に表現するものでなければなりません。従ってこういう基本的な条件は、新しい感覚には新しい解釈や手法を生ませることを想像させます。

 配合は単に経済的に、また概念的になされたら、単なるミックスにしか過ぎません。しかし
最も良心的に、美しさを内在していたら、それだけでもブレンドであります。そして真に良きブレンドは、必ず人間の親近な愛にふれているということが出来るのです。
 次に記す珈琲配合の一例は、かつて紹介されたことのある、アメリカのある配合定式の中から代表的な五つの型を選んで、一つの基準を示したものです。それはまた一頃前の悌を忍ぶよすがでもあります。

 1、 最高の品位   注 ( )内は各豆の特性として示されたものです。
 マンデリンの最上物の古豆あるいはジャバタイプ高級品(醇と滑らかさ) 40%
 アラビヤモカ最上物(酸性)                            20%
 ボゴタまたはメデリン(香気)                           25%
 オアハカ、コアテペック(いずれもメキシコ物)またはコナ(酸性)

 2、 一流ホテル、食堂向きの強い珈琲
 ブカラマンガ(コロンビア品) (醇)                   25%
 ボゴタあるいはグァテマラ産アンティグアマタハポルトリコ(香気) 35%
 メキシコ(酸性)                               40%

 3、風味もよく何商売にも向く安価のもの
 サントス古豆(中性)                            30%
 グァテマラまたはコロンビア中等品の新豆(弱い酸性)        40%
 酸性の良い珈琲(酸性)                          30%

 4、 柔らかい性質で万人向きのもの
 ボゴタの上物または他のコロンビア新豆(新品は酸性)       30%
 サントス三号品(中性)                           40%
 酸性のブルボン上物(酸性)                        30%

 5、 ホテルやキャンプや店売りに向く中等品
 酸性のブルボン上物(酸性)                        40%
 ボゴタ(新品は酸性)                             30%
 コルドバ(メキシコ物)またはグァテマラ(中性)             30%

 珈琲の風味は、滑らか(甘味)、酸味、苦味、中性、平淡、粗野、草味、糟味、
渋味、醗酵味、獣皮味等に区別されています。嗜好は無論人それぞれの好みによって選択されますから、必ずしも酸味が良いとか、苦味がよいとか決定出来ませんが、一般的に見て、普通品以上のものは、甘、酸、苦、中性の組み合わせから出来ています。
 インドネシヤ諸島産の珈琲や、ブカラマンガ、ボゴタ、サントスの各褐色品は苦味に属し、
メキシコ及び中南米産の新収穫の精洗品は概して酸性であり、真性のブルボンサントス及び
高級の精洗サントドミンゴ、ハイチ珈琲は新奮共有味であり、モカ珈琲は甘、酸をあわせた上品です。
無論珈琲の原産地においては、他の産地の珈琲と合わせることはなく、また一品は一品なりによく立てられてこそ、配合の妙味を知ることも出来るのですが、産地外では世界の到るところで、珈琲は需給の関係からも、また複雑に発達した好みからも、配合が行われています。その基礎的な考え方によれば、反対の性質をもつ異なった種類を様々に配合し、和かな飲料を得ようとするのが普通です。
 一般的に適度に均整のとれたブレンドとしては、充分に濃度を持つものを基礎とし、これにやや酸性のものを加え、なお芳香を強めるものを加えるのがよいとされ、また人によっては二種の新収穫の酸味珈琲、或いは二種の古収穫の苦味珈琲のみを配合しないで、必ずこれらの酸味、苦味を打ち消す、反対の風味あるものを配合し、配合には必ず三種以上を要すと主張しています。
しかし唯一品だけでも、ブルボンサントスの新奮品を配合すると、非常によい結果が得られるということは、珈琲の配合を余り重苦しく考えなくてもよいことを、気付かせてくれます。
何故なら、味もまた美である限り、それは既定の事実ではなく、常に新しく創造されるものですから。

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